【書評】「夫の扶養からぬけだしたい」_抑圧の連鎖

「夫の扶養からぬけだしたい」どんな話?

「僕と同等に稼いでみなよ!!」
夫の心ない言葉、非協力的な態度。
同等に収入がないと、
家事・育児に協力してほしいと言うこともできないの?
「離婚の2文字が浮かび続けるももこの決断は…。

出典:ゆむい『夫の扶養からぬけだしたい』株式会社KADOKAWA,2019,表紙カバー内側

「夫の扶養からぬけだしたい」書評

この物語の主要な登場人物は、夫のつとむ、妻のももこ・息子のたるとです。

抑圧の連鎖

つとむは、会社の上司から指示される仕事量がキャパオーバーになりながらも、必死で努力します。

その後、仕事を終えて家庭に帰ると、会社のストレスを、妻のももこにぶつけます。自分が上司に求められたことを、今度は妻に求めます。

「自分も頑張っているのだから、妻も頑張るべき」という自分が一方的に感じている不公平さをなくすために。

これは、会社の上司→つとむ→ももこという抑圧の連鎖です。

『夫の扶養からぬけだしたい』のなかでは、夫のつとむは、ストレスを妻にぶつけますが、家庭によっては子どもにぶつける場合もあるでしょう。

経済的に弱い立場にいる女性・子ども、身体的に弱い女性・子どもへ権威を示す。女性・子どもをストレスのはけ口にする。とても恐ろしいことです。

トキシック・マスキュリニティ(有害な男らしさ)という言葉を知っていますか。

トキシック・マスキュリニティ(有害な男らしさ)とは、「男だから家庭を支えないと」「男だから泣きごとは言わない」といったプレッシャーのことをいいます。

例えば、結婚するときに「男として幸せにする」というフレーズをドラマなどで耳にすることがあるのではないでしょうか。

一見、かっこよさげなフレーズですが、このフレーズはジェンダーロール(性別によって社会から期待されている役割)であり、トキシック・マスキュリニティ(有害な男らしさ)です。

「男として幸せにする」それが男性の役割だとしたら、暗黙の了解で、女性もなにかしらの役割を求められます。

そう考えると、「男として幸せにする」というフレーズが、本当にかっこいいものなのか、と揺らいできますよね。

夫のつとむが、「自分が家庭を支えないと」という意識を持っていることは、この本のなかで描かれています。

「自分が家庭を支えないと」と思うこと自体に問題はありません。しかし、「自分は辛い思いをしているのだから、妻にも辛い思いをしてほしい」と思うことは問題あります。

個人の感情の課題でもありますが、先ほど説明した次のようなジェンダーロールも少なからず関連しているでしょう。

「男として幸せにする」それが男性の役割だとしたら、暗黙の了解で、女性もなにかしらの役割を求められます。