『スマイル』の歌詞にひそむ暴力「深刻ぶった女はキレイじゃないから」

この記事では、オロナミンCのcmで森七菜さんが歌っている「スマイル」という曲の歌詞の考察を書いています。

『スマイル』

  • 1996年に発売されたホフディランの1stシングル
  • 作詞・作曲:渡辺慎

歌詞の全文は「Uta-Net」のこちらに掲載されています。

「歌詞にひそむ暴力」

次の3つに分けて考察をしています。

  1. 評価する視線が暴力であること
  2. 彼女を自分の所有物として見ていること
  3. 問題に気づきにくいこと

1.評価する視線が暴力であること

いつでもスマイルしようね
深刻ぶった女はキレイじゃないから
すぐスマイルするべきだ
子供じゃないならね

この「深刻ぶった女はキレイじゃないから」という歌詞は、「女をキレイかどうか評価する」視点が根底にある。

歌詞を書いた「渡辺慎さん」は男性なので、男性が女性をキレイかどうか評価する視線である。

男性から女性への評価の視線は、スマイルの作詞者に限らず、社会全体にはびこっている。

たとえば、女性が足の毛などを処理していないと「処理しろよ」といった視線を向ける男性がいたり、職場で女性だけがお化粧をすることを強要されていたりするのも、男性から女性への評価の視線だ。

男性が勝手に女性を評価する=女性から主体性が奪われ客体化させられる。(女性のモノ化)

これは、女性への暴力である。

「でも、男だって女に評価されてるよ?」という人は、次の『視線の政治:見られる・消費される女性イメージ』を読んでほしい。

web上にあげられている文献なので、クリックすればすぐに読める。

自分の体験の認識をこえて、社会的に女性蔑視の問題を認識できるだろう。

「見る/作る/操作する」のは男性であり、「見られる/操作される」のは女性のイメージである。

引用:深澤順子『視線の政治:見られる・消費される女性イメージ』p74

2.彼女を自分の所有物として見ていること

いつでもスマイルしてよね
こんな時こそ努力が必要さ
かわいくスマイルしててね
町中にキミをみせびらかすから

『スマイル』の歌詞から全体を通して、「落ち込んでいる(悲しんでいる)彼女に笑ってほしい」という願いを感じ取れる。

しかし、落ち込んでいる(悲しんでいる)彼女に「かわいくスマイルしててね、町中にキミをみせびらかすから」と伝えて彼女が嬉しい気持ちになると思っているのなら、それは見当違いである。

町中にキミをみせびらかす=キミは僕の所有物、ということ。

アクセサリーのように言われてもし女性が嬉しく感じるのなら、それは、女性蔑視の歴史のなかで、蔑視されることがずっと当たり前のことだったから、麻痺しているのだろう。

3.問題に気づきにくいこと

上であげた問題のある2つの歌詞を除く部分では、次のような歌詞がある。

いつでもスマイルしててね
完璧なんかでいられるわけがないだろう
すぐスマイルするべきだ
子供じゃないならね

かわいくスマイルしててね
人間なんかそれ程キレイじゃないから
すぐスマイルするべきだ
子供じゃないならね

女性蔑視的な歌詞をはさみながらも、こういった歌詞があることで、女性蔑視的な歌詞はぼかされている。そうして、いい曲というふうに評価されている。

歌詞や歌い方などが相まって曲は成立していることを考えると、歌詞がダイレクトな意味を表しているとは言えない。聴く人によっても、意味の捉え方は異なっている。

しかし、歌詞のなかにも作詞者の思想は反映されている。それは人々に影響を及ぼす。